東京高等裁判所 昭和45年(ラ)58号 決定 1974年5月21日
抗告人 久保井浜子
右代理人弁護士 西口富美子
相手方 井田一郎
相手方 井田二郎
右両名代理人弁護士 溝口節夫
同 安田宗次
同 大瀧亀代司
同 藤田達雄
主文
原決定を次のとおり変更する。
一、相手方らが、抗告人に対し、本裁判確定の日から三月以内に金二二七万円を支払うことを条件として、別紙目録(三)記載の建物を取毀し、同目録(一)記載の土地の上に同目録(四)記載の建物を建築することを許可する。
二、本件借地契約の賃料を前項の金員が支払われた月の翌月分から一カ月金九、〇〇〇円に改める。
理由
抗告人は「原決定を取消す。相手方らの本件申立を棄却する。」との裁判を求め、その抗告理由として、次のとおり主張した。
一、原決定は、次の諸点において、不当である。
1.抗告人(賃貸人)と相手方ら(賃借人)との間の本件借地契約の目的地は、最初は、いずれも私道部分を含む別紙目録(一)および(二)記載の土地、合計四一三・〇九平方米(一二四坪九合六勺)であったが、その後、右(二)記載の土地については合意解約がなされたので、現在は、右(一)記載の土地、三三〇・七四平方米(一〇〇坪五勺)だけである。したがって、これと異る原決定には、本件借地の地番、地積および範囲について明白な誤認がある。
2.本件借地上の本件建物は、現在、相当老朽化している。したがって、建物朽廃による借地権の消滅も目前であるところ、かかる場合、地主である抗告人が借地権の消滅を期待し、また右期待が保護さるべきであることはいうまでもない。しかるに、原決定は、抗告人の右期待を無視し、たやすく相手方らの本件申立を認容して、正当な地主の利益と期待権を剥奪した。これは借地法第八条の二第四項に反し、きわめて不当である。
3.付随の裁判
仮に相手方らの本件申立が相当であるとしても、原決定における付随の裁判は不当である。
すなわち、まず、原決定は、相手方らが抗告人に対し支払うべき財産上の給付につき、本件借地の建付地価格を一平方米当り金七九、一五〇円と認定し、その四パーセント、合計金一三一万円を以て相当であるとするが、本件借地の建付地価格は昭和四五年四月六日現在で一平方米当り金八〇、五〇〇円以上であって、その後もなお上昇を続けており、また前記給付の割合については、契約更新による期間延長の場合、地主の不利益をカバーするため、慣行として、更新料の授受がなされ、その金額は一般に建付地価格の一割であるところ、本件においては、昭和四五年七月七日借地契約の期間が満了したが、抗告人は他に宅地を所有しており、相手方らに対し正当事由による更新拒絶権を行使できない事情にある反面、建物の朽廃による借地権の消滅は間近い将来に迫っているものであるから、かかる場合、本件建物の改築を許可することは、事実上借地契約の更新を認め期間を延長するものであるか、またはあらたに相手方らに対し借地権を付与するに等しいこと明らかであるのに、前記給付の割合が僅か四パーセントであることは著しく公平に反するものというべきである。これに加え、相手方らは、前記期間満了の際、更新料を支払わず、また今後もこれを支払う見込は全くない。そうとすれば、裁判所は、すべからく借地契約の期間の点についても相当の裁判をなし、それに伴って、以上の諸点を勘案したうえ、前記財産上の給付につき格段に増額した妥当な決定をすべきである。
次に、原決定は、本件借地の賃料につき、これを前記財産上の給付金一三一万円が支払われた翌月分から一カ月金七、〇〇〇円に増額するというが、これも低きに失する。すなわち最近における経済事情の変動、公租公課の値上り、近隣の地代の最低額が三、三平方米当り金八〇円であること、および本件借地の賃料が従来きわめて低額で、抗告人が多大の損害を被ったことを綜合すれば、本件借地の賃料についても、これを大幅に増額するのが相当である。
二、よって、抗告人は、原決定を取消し、相手方らの本件申立を棄却することを求める。
(当裁判所の判断)
本件記録によれば「抗告人の父亡久保井銀次郎は、相手方らの伯父亡井田留吉に対し、まず昭和五年七月七日、当時銀次郎所有にかゝる別紙目録(一)記載の土地三三〇・七四平方米(一〇〇坪五勺。但し、この中には、両側の私道部分約七坪が含まれる。)を、木造住宅所有の目的で、期間は二〇年、賃料一カ月金一八円、建物の増築、改築または大修繕は賃貸人の許諾を受けることと定めて、賃貸し、次いで同九年一月一日、更に右土地に隣接する銀次郎所有にかかる別紙目録(二)記載の土地八二・三五平方米(二四坪九合一勺。但し、この中には、南側の私道部分約一坪が含まれる。)を、最初は耕作のため無償で、三年後からは先に賃貸した宅地と共に一体として、同目的、同一期間、同一の坪当り賃料で、貸与したところ(以上の土地、合計四一三・〇九平方米、すなわち一二四坪九合六勺が本件借地である)。前記留吉は、その頃、前記(一)記載の土地の上に別紙目録(三)記載の建物(これが本件建物である)を建築したこと。およびその後、銀次郎側では、抗告人が目的土地の贈与に伴って本件借地の賃貸人たる地位を取得し、一方留吉側では、結局相手方らが相続によって本件借地の賃借人たる地位ならびに本件建物の所有権を取得し、また本件借地の賃貸借契約は、締結以来二回にわたり更新せられて(いずれも法定更新)、現在、残存期間は昭和六五年七月七日まで約一六年間であること。」が認められる。抗告人は、本件借地中別紙目録(二)記載の土地については、その後、合意解約がなされた旨主張するが、本件に顕れた全資料を以ては、いまだこれを認めるに足りないから、右主張は採用しない。
そこで、本件建物の増改築が土地の通常の利用上相当とすべきものであるか否かについて検討すると、相手方らは、当審において、増改築の内容を変更し、あらためて、本件建物を取毀した後、本件借地契約の目的地であることにつき当事者間にはほぼ争のない別紙目録(一)記載の土地の上に、同目録(四)記載の建物を建築することの許可を求めるので、按ずるに、本件記録によれば「本件借地および周辺地域は第一種住居専用地域であって、付近の土地の標準的な利用方法は二階建の居宅および共同住宅の敷地として利用することであること。ならびに右(四)の建物は、それぞれ生計を異にし、各三人の家族を擁する相手方ら兄弟が、漸次老朽化ししかも狭隘な本件建物で同居することの危機と不自由を避けるために改築するものであること」が認められるので、これらの点を綜合すれば、木造平家建である本件建物(九五・二〇平方米)を取毀し、その敷地である前記(一)の土地の上に、木造二階建住宅二戸建の長屋である前記(四)の建物(各階、約一一〇平方米)一棟を建築することは、土地の通常の利用上まことに相当であるというべきである。したがって、相手方らの前記申立は許可すべきものである(原決定においても、結論は同旨)。この点に関し、抗告人は、建物朽廃による借地権の消滅を前提として、種々原決定を非難するが(抗告理由第二点)存続期間の定めのある借地権(本件はまさにこの場合である)は、存続期間の定めのない借地権と異り、その存続中に借地上の建物が朽廃しても、消滅するものではないから(借地法第二条第二項)、抗告人の前記主張は、その前提において既に失当であって、採用の限りでない。
そこで進んで、付随の裁判について検討する。
本件増改築の許可によって、抗告人(賃貸人)が借地権消滅の際、建物買取価格の増加による不利益を受け、反面、相手方(賃借人)らがこれに応じた利益を受けることはいうまでもない。のみならず、本件記録によれば「当事者間の本件借地契約においては、最初借地権を設定する際、権利金および敷金の授受がなく、その後二回にわたる契約更新の際においても、同様、更新料等の授受がなかったこと。および本件借地の賃料は従来相当低額であったこと」が認められるから、以上の点にかんがみれば、本件においては、当事者間の利益の衡平をはかるため、相手方らに抗告人に対する財産上の給付を命ずるのが相当である。そこで、その額について考えてみると、本件借地契約の残存期間は今後約一六年間であること前認定のとおりであるが、その反面、本件記録によれば「本件建物は建築以来既に四〇数年を経過し、かなり老朽化しているので、改築はやむを得ないものであること。および相手方らに本件増改築後も、従前どおり、これを同人らの住宅としてのみ使用するものであること。ならびに東京都内の住宅地における借地契約更新の場合の更新料は、あらたに借地権を設定する場合の権利金等とは異り、一般に、必ずしも高額のものではないこと」が認められるので、以上を綜合勘案し、当裁判所は、本件借地の建付地価格の五パーセントを以て財産上の給付額とするのがもっとも妥当であると判断する。ところで、原審における鑑定委員会の意見によれば、本件借地の建付地価格は一平方米当り金七万九一五〇円であることが認められるが、これは昭和四四年一〇月一五日当時の価格であって、その後における地価の高騰は裁判所に顕著なる事実であるから、現在においては、諸物価の騰貴に照し、少くとも一平方米当り金一一万円を下らないものと認められる。そうとすれば、本件借地四一三・〇九平方米に対する前記財産上の給付額は合計金二二七万円(一万円未満切捨)となること明らかである。
次に、本件借地の賃料について考えてみると、本件記録によれば「右賃料は昭和三〇年三月分までは一カ月金一、〇〇〇円であったが、その後当事者間に賃料値上につき紛争が生じ、協議がまとまらないため、そのまゝとなっていること」が認められるので、右賃料は著しく低額にすぎ、原審における鑑定委員会の意見にもあるとおり、本件増改築を契機に、合理的な金額まで増額するのが相当である。ところで、右委員会の意見によれば、本件借地の賃料は一カ月一平方米当り金一七円、合計金七、〇〇〇円が適当であるというが、これは前同様、昭和四四年一〇月一五日当時の鑑定にかゝるもので、その後における経済事情の変動および公租公課の値上り等を勘案すれば、現在においては、少なくとも一カ月一平方米当り金二二円、合計金九、〇〇〇円以上とするのが相当である。
よって、本件抗告は、右の限度で理由があるから、原決定はこれを変更することとして、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 杉山孝 裁判官 古川純一 岩佐善己)
<以下省略>